» ちょっとしたお話

お盆が近づき、お墓参りをされる方も増えてきました。お墓参りの仕方と言っても、故人やご先祖様を悼み、供養するやり方は千差万別あってよろしいと思います。基本的なお墓参りの仕方を載せてみました

1.まずはご先祖様に感謝しお墓に手を合わせましょう。

 2.周りをほうきできれいに掃き、ゴミを拾います。そして汚れたり、コケの生えている墓石は、水をかけながらたわしで洗ってきれいにします。線香台、水鉢、花立も丁寧に洗いましょう。

3.  墓石に打ち水をし、花立に花を添えて、水鉢に新しい水を注ぎます。そして故人の好物だった菓子・果物などをお供えし、ろうそくとお線香を手向けましょう。(*供物はお参りが終わったらお持ち帰り下さい)
※半紙や懐紙をお皿代わりにお供えを置くとよいでしょう。

4.合掌礼拝の前に水桶からひしゃくで水をすくって、墓石にかけます。この時に墓石の下のほうに気持ち程度に水をかける方がいますが、たっぷり墓石の上から水をかけて下さい。
※仏教の教えでは、死後の世界の1つに「餓鬼道」があり、福徳を失った生類が落とされる世界とされています。なかなか水が飲めない餓鬼が、唯一お墓にかけたお水だけが飲めるのです。その餓鬼をあわれんで、お水を与えようというところから墓石に水をかける習慣が始まりました。

5.皆さんで手を合せ「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えましょう。

6.最後に本堂の御本尊へお参りをし、仏様にお墓参りの報告をしましょう。

*お墓参りは近況報告や日頃の感謝の気持ちを伝え、心を込めてお祈りしましょう。

*法要が営まれている時はすすんで参加しましょう。霊園がお寺にある場合はせっかくですので是非お寺の法要にご参加されてください。お気軽にどなたでもご参加できるものです。法話をお聴きになったりしてこの機会に仏教に触れてみましょう!!

長い梅雨が明けると急に暑さが厳しくなり、今年はいつもより熱中症で倒れる方が大変多くいらっしゃるそうです。

皆様お元気に過ごされているでしょうか?さて、この暑い季節になると、暑さが煩わしく感じられますが、もう一つ夏特有の煩わしいものがあります。夜中に寝ているとどこからともなく耳元で「ブーン・・・」と出てきて安眠を邪魔され、「捕まえた」と思ったら逃げられ・・・。また、忘れたころに「ブーン・・・」と出てきて「あぁ、もう!」こんな感じで寝不足になられた経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

夏にはつきものの生き物「蚊」です。刺されると痒くなりますし、寝ていると耳触り、なんだか嫌われものの存在に思われる「蚊」ですが、子どもの歌にこんな歌があるのをご存じですか?

 「ちびっかぶーん」

ちびっかぶーんはちっちゃな蚊
下水のお水がふるさとで

ちびっかぶーんのきょうだいは
三千三百三十人

 ちびっかぶーんはやさしい蚊
人を刺すのがイヤだった
ちびっかブーンははらぺこで
いつまでたってもチビだった

 ちびっかぶーんに花達が
朝露お飲みと言ったけど
ちびっかぶーんを蝶々が
あっちへおゆきと追い出した

 ちびっかぶーんは秋の朝
寒さに凍えて死んでいた
ちびっかぶーんを神様は
ちっちゃなちっちゃな星にした

ちっちゃなちっちゃな星にした

この歌詞を見ると、なんだか今迄「蚊」に持っていた、いやーな印象も変わってしまいそうですね・・・。

保育士をしてた頃に、この歌を劇にして子ども達と一緒に演じたところ子ども達もこの歌が「すーっ」と心の中に響いてきたようで「ちびっかぶーんは優しいね~。ちびっかぶーんみたいな優しい蚊もいるのかな~でもちょっと可愛そうだね。」なんて子ども達の中で会話されていました。

人を傷つけるのが嫌だから、自分が傷ついてしまう。現代の社会においてこの「ちびっかぶーん」のように優しい人ほど社会から他人から傷つけられているのが現状かもしれません。心の病を患った方を看護する施設で働く職員の方がこのようなことを仰っていたのを覚えています。「この施設に入所していらっしゃる方は、皆さんとても心が優しい方なんです。優しい方ほど人の痛みに敏感で正直なんです、だからこそ人を信じ、傷いて、この社会でうまく調和がとれずに自分をどんどん追い詰めて傷ついていってしまうんです・・・」

人を心から信じるというのは何よりも難しいことです。「いつか自分も裏切られて傷ついてしまうことがあるかもしれない」という、不信感が必ず誰しもあるからです、心から人を大切にする優しい心があっても人を信じるということは難しいかもしれません。

何があっても人を心の底から信じた生き方の見本として、法華経の中に常不軽菩薩という方のお話が出てきます、常不軽菩薩は人間の中にこそ仏を見出だし、人間が持つ善の心を礼拝され、出会う人出会う人に礼拝する行を続けられました。人々は見も知らぬ者に拝まれる筋合いはない、とばかりに腹を立て、中には杖木で打とうとしたり、石を投げる人もいました。しかし、その人に対しても掌を合わせ、礼拝し、大きな声で「私はあなた方を尊敬します、決して軽蔑するようなことはしません。なぜなら、あなたがたはいずれ仏になるのですから」と呼びかけ続けました。この礼拝行を続け、自分の死期が近づいた時に如来の導きによって六根(目・耳・鼻・舌・身・意)が清らかになりやがてこのうえない悟りを得てついに仏となったのです。

このように、心の底から人を信じ、人の中に住む仏さまを信じることができた時、自分の中の仏さまも目をさまし、仏の道へと一歩近づいているのではないでしょうか?

法華経『如来寿量品第十六』の中に「常に悲観を懐いて心遂に醒悟し」という言葉が出てきます。「どうしようもなく深い悲しみに打ちのめされ、どうしようもない切羽に立たされてはじめて、人はその悲しみの底から迷いの眼がひらかれてくる」というお釈迦様の言葉です。

私達は日々生きていくうえで、なんで私がこんな目に・・・、なんで私の愛する人が何でこんな悲しいこと出来事に・・・ということは、必ず誰にでも起こります。

愛する人の急な死であったり、病気だったり、事故だったり、男女の別れであったり、自問自答して悲しんで悲しんで、自分を責めたり、原因を探して誰かにあたったり、「あの時にああすればよかった、こうすればよかった・・・」悔やんでみたり、その悲しみは様々です。

そんな時、お釈迦さまは「その悲しみは無駄ではないよ、悲しみの中からこそ得るものもある。そこから悟れることもある、悲しんで悲しんで、その悲しみの底からこそ、世界が開かれてくるのだよ」と、このように私たちに教えてくださっています。

私たち人間は何かを失ってしか気付けないことがたくさんありますね。病気になって初めて普段の健康のありがたさがわかったり、誰かを亡くして、失って、初めてその大切さに気がついたり。その人が自分に遺してくれたものに気がついたり、悲しみによって気づいたことはその後の自分の人生にとってのなによりの道標になります。

だからこそ、私たちは悲しみとその悲しみから得たものを大切にしていかねばならないのです。悲しみを否定するのではなく向き合ってこそ、それは得られるものでしょう。

そこで得たものはきっと、仏さまが私たちに与えてくださった、この先何かまた自分の中に悲しみが起こった時にまた立ち上がれる手立てであり、同じような悲しみで苦しんでいる誰かを救うことのできる手立てであると思うのです。

悲しい出来事というのはいつまでも続くことはありません。「法華経を信じる人は冬の如し、冬は必ず春となる。未だ昔より聞かず見ず、冬の秋へと返れることを、未だ聞かず、法華経を信じる人の凡夫となることを」日蓮聖人もこのように仰っています。

深い悲しみが起こった時、必ず仏様がいつもそばにいてくださっている。見てくださっている。そしてこの悲しみから何かを得て、そして生きていく。そう思い、信仰を胸に、今を生きていきましょう。

誰にだって必ず朝は訪れ、春は訪れ、その悲しみが和らぐ時が来ますから・・・

法華経の熱心な信者であった宮沢賢治人の宮沢賢治に「雨ニモ負ケズ」という有名な詩があります。東北地方で貧しい農民たちと生活をともにした賢治が、その生き方に感銘を受けこういう人になりたい、と自分にいいきかせた素朴で力強い詩です。

 

 そのパロディーに「雨ニモアテズ」というのがあります。賢治のふるさと・岩手県盛岡市の小児科の医師が学会で発表したものだそうです。職業上多くの子供たちに接していて、まさにぴったりだと思ったといいます。作者はどこかの校長先生だそうです。

 

 雨ニモアテズ 風ニモアテズ

 

 雪ニモ 夏ノ暑サニモアテズ

 

 ブヨブヨノ体ニ タクサン着コミ

 

 意欲モナク 体力モナク

 

 イツモブツブツ 不満ヲイッテイル

 

 毎日塾ニ追ワレ テレビニ吸イツイテ 遊バズ

 

 朝カラ アクビヲシ  集会ガアレバ 貧血ヲオコシ

 

 アラユルコトヲ 自分ノタメダケ考エテカエリミズ

 

 作業ハグズグズ 注意散漫スグニアキ ソシテスグ忘レ

 

 リッパナ家ノ 自分ノ部屋ニトジコモッテイテ

 

 東ニ病人アレバ 医者ガ悪イトイイ

 

 西ニ疲レタ母アレバ 養老院ニ行ケトイイ

 

 南ニ死ニソウナ人アレバ 寿命ダトイイ

 

 北ニケンカヤ訴訟(裁判)ガアレバ ナガメテカカワラズ

 

 日照リノトキハ 冷房ヲツケ

 

 ミンナニ 勉強勉強トイワレ

 

 叱ラレモセズ コワイモノモシラズ

 

 コンナ現代ッ子ニ ダレガシタ

 

まさに、現代の子どもの様子をうまく表した詩であると思います。

子どもの教育方針として最近メディアではさかんに、「子どもは褒めてのばしなさい!!」この言葉をよく耳にします。

教育現場でも家庭の中でも今、まさに「褒めて伸ばす教育」というのが主流になってきているようで、以前私が勤めていた保育園でも「子どもは褒めなさい。大げさでもいいから身体をつかって褒めなさい!!」と、盛んに上司に言われていました。

自分が子どもの頃は先生や両親に叩かれるのも怒られるのも当たり前、近所でいたずらをすれば怒られたし、テストで悪い点とっても怒られたし、悪いことをすれば素直に「ごめんなさい」と謝ったものです。

 今は時代が違いますから。とよく有識者やコメンテーターがテレビで言っています。うかつに子どもを叱ればその親から逆上されるし、子どもから逆上されて、事件にまで発展してしまうのも度度です。子ども自体も、親もナイーブになってしまい、叱ること、叱られることが精神的な苦痛になってしまうようです。確かに、褒めることは大切です。「~はダメ」「~だからダメ」などの否定的なマイナスな言葉しかかけられないような育て方は子どもの自尊心や人格を酷く傷つけます。褒められることによって子どもは自分自身を認めてもらえる喜びを味わい、物事の達成感を実感することができて、成長するのは間違いありません。 

しかし、この褒める育て方、この風潮があまりにも強くなりすぎることは、あまり良い影響を子どもや親、教育者、保育者に与えるとは思えないのです。

実際「ほめて伸ばす教育」が主となって行われた場合、「誰かが褒めてくれないと、誰かが見ているところじゃないと、善い事というのはやっても意味がないんじゃないかな?」という考えを生みださないでしょうか?そして親や教育者にしても「叱ってはいけないのだ、ここでイライラしてはいけない。」という考えに捕らわれ過ぎるとかえって自分の身を締め付け、良い教育などできないのではないでしょうか?自分の経験上、新人の教育者や保育者が叱らずに子どもの集団を育てるというのはかなり難しいことだと思います。

ならばこの先どのような教育が大切なのでしょうか?

法華経の最後の章、妙法蓮華経普賢菩薩勧発品において、お釈迦さまは法華経の教えを修行するうえにおいて四つの大切な項目を示されました。その四つの教えの中の一つに「諸々の徳本を植えなさい」ということが説かれています。徳の本を植えるということは、善根を植える、陰徳を積むということです、言いかえれば人が見ていない時こそ良い事をしなさいということです。いくら立派なことをしても「自分がやった」ということをひけらかしているようではいけません。人に褒められようが褒められまいが、そんなことは関係なく人の見ていないところでこそコツコツと善い事をする。

 

草や木が上に伸びていくためには、大地にしっかりと根を下ろさなければなりません。どんな場所にでも力強く黄色い花を咲かせるタンポポの花もその根は深くしっかりと大地に根ざしています。天高く伸びる大木もまた、大地にしっかりと根を生やしています。

褒めることも叱ることも自分を今評価してくれている誰かが見てくれていることを前提としています。しかし、このように人の見えないところにこそ根を生やすという生き方を教えることこそ今の時代に必要な教育であると思われます。

 

自分の祖父母の時代、子ども達は「誰かが見ていなくても、おひさまや、ご先祖さまはちゃんとみていらっしゃる」こう言われて子どもたちは育ってきました。今の時代、子どもの教育にはこの思想が欠けているのではないでしょうか?誰かが見ていなくても、ちゃんと自分を見てくれている存在がある、そして大きな優しさで護ってくれている存在がある。このことを教えることこそ大切な教育であり、宗教教育ではないでしょうか。

5月8日 月例鬼子母神祈祷祭 が執り行われました。

当山では、お寺の行事があるたびに、法要の後に来られた方にお斎(おとき)とよばれる昼食がふるまわれます。法要が始まる何時間も前から妙國寺台所係の方々が心をこめて作ってくださいます。おしながきは 筑前煮とも呼ばれます、ゴボウやシイタケ、人参、さといもなどを煮込んだ「がめ煮」や大豆をすりつぶして味噌と合わせて作った大豆のコクが充分に味わえる「呉汁(ごじる)」と呼ばれます、この土地ならではの郷土料理。どちらもお寺に来られた方の健康や栄養をしっかりと考えた妙國寺台所係の方々の丹精がこもった料理です。お寺にお参りにくると、御祈願や御祈祷、先祖供養ができるだけでなく、美味しい郷土料理も味わえるんですよhappy01!!是非一度食べにいらしてくださいね。

 

 5月8日は土曜日だったので、いつもお手伝いしてくださる檀信徒の方のお孫さん、小学生のあやちゃんともえちゃんが、エプロンと三角布を装着し、参拝された方のおときの配膳や片づけ、掃除などをお手伝いしてくれました。二人ともえらいhappy02!!

ありがとう~shine!!

さくらばな

| ちょっとしたお話 |

今年も奇麗に咲き誇った桜の花も、もう熊本では徐々に散り始めています。ぱっと見事に咲き誇りぱっと見事に散りゆく桜の花、昔から日本人はそんな桜の花の美しさに憧れを抱いていたのでしょうか。昔から春になると桜を眺めながらの花見の宴会が行われてきました。かくいう私も学生時代、よく満開の桜の木の下仲間たちとどんちゃん騒ぎをしたものです。

春は出会いと別れの季節でもあります。そんな春の代名詞ともいえる「桜」、満開に咲いて、ひらりひらりと散りゆく姿をじっと眺めると、だれしもが青春の淡い思い出を彷彿させ、過ぎ去った時間に暫くの間酔いしれるのでしょう。

皆様よくご存じの、芸術家岡本太郎さんのお母さん、歌人「岡本かの子」さんの桜を詠んだ短歌を紹介します。

 

桜ばな いのち一ぱいに 咲くからに 生命(いのち)をかけて わが眺めたり

 

桜の花はまだ花弁が白いうちは散ることはなく、充分にその花弁を染めてからひらひらと舞い落ちるそうです。いのち一ぱいに咲くそんな桜だからこそ命をかけて眺める価値がある。

そのように気持ちで、咲き散る桜を見ると、「あなたはせっかくいただいた、その命を一日一日無駄にせず、いつか奇麗な色がつき、咲き散れる日がくるように毎日を一生懸命に生きていますか?」桜の木がそう語りかけてくるようです。

日蓮大聖人は法華経をまさしくご自分のいのちをかけて信仰された方です。当時、御自分の命を脅かす様々な迫害に遭われても「この法華経こそがお釈迦様が説かれた最高の教えである」と御自分の信念を貫かれました。生命をかけて守られた法華経の教えを受け継ぐ私達もまた生涯をかけて、その生命を感じながら信仰していかねばならない、そう思うのです。

仏教とは「仏の説かれた教え」という意味であり、この仏とは世界三大宗教の一つである仏教の開祖であるお釈迦さまを意味します。4月8日は、そのお釈迦さまの誕生日です。お釈迦さまの本名はゴーダマ・シッダッタといいます。「お釈迦さま」という呼び名は、その出身である釈迦族からとられたものです。

 お釈迦さまは天竺國(現在のインド)の北部(現在ネパール付近)を治めていた釈迦族の王さま・浄飯王と、その妃・摩耶夫人の間に王子として誕生しました。その誕生にはこのようなお話があります。

 摩耶夫人はある夜、六本の牙をもつ美しい白象が右わきから体に入ってきた夢を見ました。そこで、この夢の意味をバラモン(最高階級で僧侶や祭司ら)に占ってもらうと、「お妃さまは男の子をご懐妊になられました。この王子さまは必ずや釈迦族に繁栄をもたらすでしょう、もし出家しなければ世界を支配するという転輪聖王に、もし出家すれば真理を体得して偉大なるブッダとなられる方でございます。」との予言をうけました。

そして、10ヶ月後の春、摩耶夫人は出産のために里帰りをすることになり、途中休息で立ち寄った真紅の無憂樹の花が咲き乱れる‘ルンビニーの園’で沐浴を終えて林の中を散歩していました。その時、摩耶夫人の身体は黄金色に輝きはじめ、無憂樹の枝を手折ろうと、右手を上方に伸ばした時に、突然その右わきから一人の男の子が産まれ、産まれ出た王子を蓮の花がしっかりと受け止めました。そして、王子は自ら七歩歩み、右手で天を、左手で地を指し「天上天下唯我独尊」と高らかに降誕宣言をしたと伝えられています。

産道を経ずに生まれたということは、凡人とは違った偉大なる聖人を意味し、七歩歩んだ意味は私達衆生が六道という「地獄界・餓鬼界・畜生界・修羅界・人間界・天上界」を流転し続ける輪廻を超えて、仏として産まれてきたことを指します。そして「天上天下唯我独尊」とは「天にも地にもただ我ひとり尊い、我にまさるほとけなし」という意味で、のちに王子が「仏陀」となって、この世の人々を救済されることの予告的な宣言なのです。そして、お釈迦さまの誕生を喜んだ竜王が、甘露を注いで沐浴させたという伝説もあります。

4月8日、お釈迦さまの誕生日には、ルンビニーの花園に見たてて花で飾った「花御堂」に天と地を指さしたお釈迦様の誕生仏を安置して法要を行い、甘露を産湯としたという故事にならい、お釈迦さまの誕生仏に甘茶をかけて一般的に「花まつり」という行事としてお祝いするのです。

当山では4月8日 11:00~ 

「花まつり」を「月例鬼子母祭」とともに執り行います。参拝された方にも誕生物に甘茶を注いでお祝いをしていただき、来られた方におみやげの甘茶も用意しておりますので、どうぞお気軽にご参拝ください。

暑さ寒さも彼岸までとは昔の人はよくいったもので、彼岸に近づくにつれ暖かい日、寒の戻りを繰り返しながらようやく本格的に春の訪れを感じるようになってまいりました。

さて、春の彼岸の期間は太陽が真東から昇って真西に沈んでいく昼と夜の時間がちょうど同じになる彼岸の中日である春分の日を中心に一週間の期間と定められています。

 こうした、どっちにも偏らないで中間の状態である、という自然現象とお釈迦様の説かれた「中道」の思想が結びついてお彼岸は仏教行事となったようです。さて、お釈迦さまが説かれました「中道」という思想はいったいどん思想なのでしょうか?

私達は時折偏ったものの見方をしてしまいがちです。正しいとか、悪いとか、好きだとか嫌いとか。気をつけていても、いろんな情報や情念によって自分の立ち位置が、あちらへ傾いたりこちらへ傾いたりと変化しがちです。そのような生き方をしていると苦しみというのは増す一方なのですから、どちらかに傾いてしまうようなこだわりを捨て、大きな目線で物事をとらえて、ゆったりとした道を歩みなさいよと、お釈迦様は苦行と楽行という両極端な道を避けて、どちらにも傾かない「中道」という道を歩むことで「仏陀」になられたことを示されました。

どちらにも傾かない思想。言ってみれば簡単ですが、実際行動するとなると難しい・・。しかし、大丈夫です。仏様は私達にきちんと「中道」という道を歩み安くしてくださっています。皆様いつもお参りされるように合掌してみてください。どうですか?その合掌は身体の丁度真ん中にきませんか?人間の右手というのは清浄の手、左手というのは不浄の手を表します。人間は清濁兼ね備えた存在でして、どちらかに傾いてしまうと、例え清いほうでも巡り巡って人間のエゴイズムを生んでしまうのです。なので、その二つ、清濁合わせて合掌し、それが身体の中心にくることによって、どちらにも傾かず、お釈迦さまのように、「中道」の生き方をしましょう。と仏様は合掌に示されているんです。

 彼岸は先祖供養の期間でもありますが、自分自身を見つめなおす大事な仏道修行の時期でもあるわけです。心沈めて合掌して、「自分はどちらかに傾いてないだろうか?」問いかけながら「中道」の思想で心穏やかにすごしたいものです。

当山妙國寺の100周年記念事業として行った

「大乗山妙國寺壱百年の歩み ~妙國寺創立100周年を迎えて~

の製本が終了致しました。

文章をお願いした総代長 上野正見様 総代 早起圭彦様 前総代 酒田義春様、製本に携わり協力してくださった檀信徒の方々、ありがとうございました。この本は21日の春季彼岸施餓鬼法要にて配布する予定です。

 明治42年に開基上人がこの土地に満田教会として今日の妙國寺を開設されてから100年。お寺の歴史を紐解いていくということは、その時代の人たちの想いを知ることでもありました。小さな教会所として開設され、寺号を受けたのが昭和19年、この地域と人の移り変わりとともに、第二次世界大戦や炭鉱の隆盛と衰退、昭和38年11月9日に起こった458名の死者を出した三井三池炭鉱粉塵爆発事故、歴史の大きな事件があり、お寺に訪れる人々の喜びや悲しみ、そして願いを受け止めながら、壱百年の間、この妙國寺はたくさんの人々を迎えて、そしてたくさんの人々を見送ってきました。

「いつでも変わらずそこにいる。」

「そして、笑顔になれるほとけさまの教えがそこにはある。」

そんなお寺として、いつまでも愛されるお寺でありますよう尽力して参ります。

皆様これからも共に歩んでまいりましょう。

笑顔の効能

| ちょっとしたお話 |

最近、もうすぐ9カ月になる娘が早くも、夜遊びするようになってしまいまして・・・。

深夜みんなが寝静まった頃、ゴソゴソという物音で目を覚ますと布団から這い出しておもちゃを取り出して遊ぼうとしている・・・・。

「何しよっと~」と言うと、したり顔でにやぁぁぁぁ~と笑う。

「もう寝るよ~」と言うと、にたぁぁ~と笑いながら首をブンブンブン。

その笑顔に負けて「全く、しょうがないなぁ~」

はぁ~、笑顔に負けてしまった・・・。と思いながら一緒に遊んで一緒に笑うとその時は眠気も吹き飛びますが結局寝不足・・・。子どもの笑顔というのは不思議なものです。

 ついこの前ショッピングセンターに買物に行った時の話です、レジの横のベンチに独りで寂しそうに座っていたおじいちゃんのとこへ、近くに座っていた親子連れのまだよちよち歩きの男の子が近寄っていきました。そして、おじいちゃんに向かってニコっと笑ったんです。そうすると、そのおじいちゃんも自然にニコっと笑い、男の子は手を振り、おじいちゃんも手を振る。ただそれだけのことだったのですが、独り寂しそうに座っていたおじいちゃんは、幸せそうな顔をして「バイバ~イ」と男の子に手を振りながら帰っていかれました。

 子どもの笑顔は見ている私たちを幸せにしてくれます。元気がない時は元気をくれたり、イライラしている心を和ませてくれたり、心と体の疲れも子どもの笑顔を見るとどこかへ吹き飛んでしまいます。この子のために頑張ろうと思うなら、人は辛いことも耐えたりすることもできるんですね。

 しかしですよ、よくよく考えてみてください。私達大人は生まれながら大人という訳ではないんですね。もちろん、子どもの頃があったわけでして、私達が子どもから幸せな気持ちをもらってるのと同じように自分も誰かを幸せな気持ちにしてきたわけなのです。ということを考えると、必ずどんな人にも、人を幸せにする力というのは平等にあるはずなのです。

 法華経の中にこんなお話が出てきます。

 ある人が親友の家に行って、酒に酔い潰れて寝てしまいました。親友はどうしても行かなければならない用事があり、酔いつぶれて寝込んでしまった友人の衣服の裏に、値のつけようのない宝珠を縫い付けて出かけたのです。ところが、その人は酔いつぶれて寝込んでしまっていたから、親友のそうした行動には全く気がつかなかったのです。彼はその後目覚めて起き上がると、あちこち巡り、他国に至り、衣食のためにたいへん苦労し、生活も困窮していました、「まぁ、自分の生活はこんなものだろう。」と満足していました。その後、親友は彼と再会し、彼の様子を見てこう語ったのです。

 「友よ、君はどうして衣食のためにこのようなひどい状態になってしまったのだ。私は昔、君が安楽になれるように、あらゆる欲求を満たしてあげようと、値のつけようもない立派な宝珠を衣服の裏に縫い付けていたではないか。それは現に今もあるんだよ。それなのに、君はそれを知らないで、あいかわらず苦労して憂い悩んでいるが、それはとても愚かなことだ。君はこの宝珠を必要なものと換えることができるんだから、そうしなさい。そうすれば、常に想い通りになり、何不自由なく過ごすことができるのだから。」

 このお話は、五百人弟子授記品というお経の中で、お釈迦様の五百人のお弟子たちがお釈迦様から「授記」といいまして、あなたは将来仏になれるんだよという証明を受け、お弟子達は「値のつけようもない立派な宝珠」つまり、自分もお釈迦さまと同じように仏になれるんだという可能性を自分らも知らない間にお釈迦様から頂いていたのか。ということに気付いた喜びを例え話にしたものなのです。この仏になれる可能性のことは、「仏性」と呼びます。

 ここで出てくる親友はお釈迦様、そして酒に酔い潰れた男は五百人の弟子であり、同時に現代、五百人の弟子たちと同じように、こうしてお釈迦様の教えに触れている私達のことでもあるのです。私達は気付かないけれども、人間として生まれてきたその時からお釈迦さまから「値のつけようもない立派な宝珠」、つまり仏性を頂いて生まれてきているのです。

 「仏性」だれしも生まれながらに仏になる可能性を皆持って生まれてきたのだよ、と一言で言いましても、何か漠然としていてわかりにくいですね。簡単に言いますと、仏様というのはどんな人にも手を差し伸べてその人を幸せにする力を持たれています。 

 子どもの頃に持っていた私たちに平等に与えられたどんな人をも誰であろうと幸せにする笑顔の力、この笑顔の力こそが仏さまから私達が与えられた「値のつけようもない立派な宝珠」であり、「仏性」であると思うのです。

 そうは言っても、子どもの頃の笑顔と今の自分の笑顔は違うしな・・・・と思われる方もいらっしゃるでしょう、しかし、笑顔というのは見ている人も自分も元気に幸せにさせる効能があるんです。辛い時や腹が立った時、どうぞ何も考えず童心に戻って笑ってみてください。笑うというのは医学的に精神的にも肉体的にも良い効果が働くそうです。

 その笑顔の中には必ず仏様から頂いた立派な宝珠があり、傍には仏様がいらっしゃるはずです。

 お釈迦様は人が人を幸せにする力を誰もが持っていることに気づきなさいよ。と常に説かれておられるのです。

 自分には仏様から頂いた「仏性」が備わっているんだと胸を張って毎日を笑顔で自分の仏性を呼び起こしてそして、自分が笑顔になることによって相手も笑顔にして相手の「仏性」も呼び覚まして安穏に毎日を楽しく生きていきましょう。