安産祈願 戌の日  

| 行事案内 |

「戌(いぬ)の日」って何かご存じですか?戌の日は妊娠五カ月に入った頃、妊娠を祝い、お腹に腹帯を巻いて安産を願う風習のことです。何故「戌の日」に安産祈願をするのでしょうか? 

犬はたくさんの子どもを産むのですが、お産が軽いこともあり、身近な動物の中で最も安産であることから縁起を担ぎ「戌の日」に安産祈願をするようになりました dog

お寺は仏事をするところ、安産祈願?と思っていらっしゃる方もいらっしゃるかと思いますhappy01。 当山 熊本 荒尾市妙国寺では安産と産まれてくるお子様を護ってくださる「鬼子母神」という神様を明治の頃よりお祀りしております。日蓮宗に代々伝わる木剣加持祈祷によって地域の方々の「安 楽産福子」(お産が楽であり、産まれてくるお子さんに福がありますように)を祈願して参りました。

 

また、腹帯をお持ちいただきますと、腹帯に安産の護符をお書きし、安産祈願の木札、安産御守り等お授け致します。当山は日蓮宗の寺院ですが、御祈願をされる方の宗教は問いません。

安産祈願後は腹帯の巻き方や妊娠中の不安なことなど、地域でご活躍の助産師古賀ひとみさんに正しい腹帯の巻き方や妊娠中の過ごし方についてアドバイスしていただけます。

戌の日に腹帯をしますのは、御自身だけでなく家族の方々みなさんが、生命を育んでいるんだ!という自覚を一緒に持ち、ママになるんだ!という覚悟を持たれる大切な節目となることでしょう。

ママになるのは初体験の連続で不安になったり戸惑う事も多いですが、せっかくのマタニティライフを楽しく安心して過ごすことができますようにお手伝いをさせていただきたいと思っております。どうぞ安心してお気軽においでください。 

祈願料は諸々含めて5000円になります。時間帯によっては助産師さんの都合もございますので、助産師さんがいらっしゃらないでご希望に沿いかねることもございます。お早めに、お電話(0968-62-2107)でもメールからでもかまいませんのでご予約ください。なお、腹帯は当山でもご購入いただけます。

    『2012年 戌の日(赤の日は大安です)』

1月  2日(月) 14日(土) 26日(木)
2月  7日(火) 19日(日)
3月  2日(金) 14日(水) 26日(月)
4月  7日(土) 19日(木)
5月  1日(火) 13日(日) 25日(金)
6月   6日(水) 18日(月) 30日(土)
7月 12日(木) 24日(火)
8月  5日(日) 17日(金) 29日(水)
9月 10日(月) 22日(土)
10月  4日(木) 16日(火) 28日(日)
11月  9日(金) 21日(水)
12月  3日(月) 15日(土) 27日(木)

当山 熊本県 荒尾市 妙国寺では「鬼子母神」という神様をお祀りしております。鬼子母神とはもともと人の子をさらって食べる悪鬼でしたが、お釈迦様に諌められたことによって仏弟子となり、仏の教えを守り生涯人の命を奪わないことを誓い、人を守る善神となったのです。

よく、鬼子母神は子授け・安産・子どもの神様ということで御存知の方もいらっしゃるかと思います。当山の鬼子母神様は明治時代に開山上人によって開眼され、今まで様々な方々の願いや想いを叶えられてきました。

毎月 8日 11:00 から「月例鬼子母神祈願成就祈祷祭」にて、お詣りされる皆様の祈願成就の為に、日蓮宗祈祷師四名によります、木剣加持祈祷が執り行われております。祈祷後には、住職、または福住職の法話があり、お食事もご用意しており、お寺にてゆっくりしていただけます。祈願料として月会費制にてお一人様毎月500円いただいております。

祈祷を受けられる方の宗旨・宗派は問いません。どなたでもお気軽にお申込みできます。祈願の種類は、「健康でいられますように・・・」や「家族が幸せに円満で暮らせますように・・・」「病気が治りますように・・・」など・・・様々な皆様の想いを鬼子母神さまが受け止めてくださいます。

どうでしょう? ありがたい「鬼子母神」様のもとで、祈願を成就し、仏様の教えに触れてみませんか?

お申し込み、詳しいお問い合わせはメールからでも、0968-62-2107 お電話からでも結構です。

でんでんむし

| お知らせ |

もう、気がつくとGWも終了し、いよいよムシムシする梅雨の時期に突入します。こないだ、雨上がりに道を散歩しますと、道を這っているいる小さな物体、なんだろうと、子どもが不思議そうに、近寄ってみますと、「あ~かたつむりだ!!」と嬉しそうに声をあげました。

 背中に重そうな荷物を持ちながら道をゆっくり這っているかたつむりを二人で眺めていますと、

「ごんぎつね」や「てぶくろをかいに」の作者、新見南吉さんのお話、「でんでんむしのかなしみ」というお話を思い出しました。

あるところに、一匹の でんでんむしが ありました。ある日、そのでんでんむしは、大変な事に気がつきました。

 「私は今迄うっかりしていたけれど、私の背中の殻の中には、悲しみがいっぱいつまっているではないか、この悲しみはいったいどうしたらよいでしょう・・・。」

でんでんむしは、お友達のでんでんむしの所にやっていきました。

 「私は、もう生きてはいられません」

と、その でんでんむしは、お友達に言いました。

「何ですか?」

と、お友達のでんでんむしは聞きました。

「私は何という不幸せなものでしょう。私の背中の殻の中には悲しみがいっぱいつまっているのです。」

と、始めのでんでんむしが話しました。すると、お友達のでんでんむしは言いました。

「あなたばかりではありません、私の背中にも、悲しみはいっぱいです。」

それじゃ、しかたないと思って、初めのでんでんむしは、別のお友達の所に行きました」

すると、そのお友達は言いました。

「あなたばかりじゃ ありません。私の背中にも悲しみはいっぱいです」

そこで、始めのでんでんむしは、また別の、お友達の所へ行きました。

こうして、お友達を順々に訪ねて行きましたが、どの友達も、同じことを言うのでありました。とうとう、始めのでんでんむしは、気がつきました。

「悲しみは、誰でも持っているのだ。私ばかりではないのだ。私は、私の悲しみを、こらえていかなきゃならない。」

そして、このでんでんむしは、もう、嘆くのをやめたのであります。

 

悲しみと言いますものは苦しみから生まれ出るものです。仏教では「生きる、老いる、病になる、死んでしまう」のそれぞれ、四つの苦しみに愛別離苦(あいべつりく)といいます、愛する者と別れてしまう苦しみ、怨憎会苦(おんぞうえく)といいます、 怨み憎んでいる者に会ってしまう苦しみ、求不得苦(ぐふとくく)といいます、求める物が得られない苦しみ、五蘊盛苦(ごうんじょうく)といいます、あらゆる精神的な苦しみ、この四つを合わせて、四苦八苦と言います。

 

仏教はこれらの苦しみと向き合って悲しみを乗り越えていくための教えなのです。

 

如来寿量品第十六の中に「常に悲観を抱いて心遂に醒悟す」という一文が出てきます。

 悲しみを常に大事に取っておくことではなくて、悲しみに打ちのめされることによって、どうにもならない切羽に立って始めて、その悲しみの底から迷いの眼が開かれてくる。という意味です。

私達は何か苦しいことや悲しい事が起こると、「自分だけ何でこんな目にあわなければ」「なんで自分だけ・・・」と思いがちですが、そうではなく、実は、誰しもが同じような悩みや悲しみを抱えているんですね。だからこそ、その悲しみと真から向き合う事によって、受け入れることによって道は開かれてくるのです。

その悲しみは無駄なものではない、必ず自分の糧となるんだよ・・・仏さまはそうおっしゃっています。

 

4月28日 19:00~ 毎月28日に行われております、「仏教塾」で写経会が行われました。

日蓮宗熊本青年会で毎年開催されている写経会の写経セットを使用し、法華経から1000文字ずつ写経していただきます。

写経をすると功徳がある」とよくいいます、この功徳とはどういうことでしょうか?今日、文明社会は利便性を追求し、さらなる進歩を重ねる一方で、社会的なひずみが家庭内にも、生活環境の中にも、様々な面で出てきています。あまりにもそのひずみに囚われて、煩わしいことをくよくよと考えていたのでは心身共に病んでしまいます。こんなときに、雑念を捨てて、何事にもとらわれないで、静かな環境の中、無心になって写経をする中で、何かをつかむ。その力によってどんな難問にも、うまく対処できるかもしれません。煩わしい執着から解放されて心にゆとりが生じて妙案がうかぶかもしれません。この執着から心が解き放たれることこそ、仏教の教えの基本であり、写経の「功徳」なのです。 「日蓮宗新聞社発行 妙法蓮華経写経セット 写経のてびき」より

写経は字がきれいだからとか下手だからとかではなく、いかに写経をする時間に自分自身と向き合って、お釈迦様の教えであるお経とむきあえたかです。お気軽にどなたでも体験することができます。いつでもお問い合わせください。

寺のハーブ

| ちょっとしたお話 |

昨年の夏に子ども遊んでいまして、高い高いをしていました。「そ~れ、そ~れ」と調子にのってさらに高く高く持ち上げていましたら

「ピキッ・・」っと・・・腰に鋭い痛みが・・・。

それ以来、お盆の忙しい時期もなんとか整骨院に通ってごまかしていましたが、徐々に痛みがごまかしきれなくなってしまい・・・。

ついに整形外科に通ってはみたものの全く改善せず、「この際治るならなんでもやってみよう」とお檀家さんから「歩いたらいいですよ」と聞いたらウォーキングしてみたり、「この体操がいいですよ」と言われたら体操してみたり、とある御宅で「私は若いころ腰を悪くして園芸を始めたら徐々に良くなりました」と言われたのをきっかけにふと、「やってみるか」と思いつきで始めたガーデニング。何も考えぬままに、「流行ってるみたいだから、ハーブだな!!」と苗やら土やら肥料やらナフコから買い揃えてお寺の裏の花壇にて始めたのが昨年の秋くらいです。ラベンダー系やミント系のものやローズゼラニウムやローズマリーやカモミールやレモングラスなどなど、春を迎えて色んなハーブが大きく成長し、ラベンダーもついに花を咲かせ始めました!

初めてのガーデニングですが、結構毎日、成長を見ていくのが楽しくて、草むしりや水やりなどまめにやっています。この花壇は前は色んな植物が植えてあったので、想定外のものが気付いたら芽をだしていることが結構あります。中でも水仙はとってもとっても・・・・・中で増殖しているのか、色んなとこから・・・、綺麗に育ったハーブの真横とかに限って芽をだします・・・・。ほんとこの強さは「見習わないといけないなぁ・・・・」と思うばかりです。

もうひとつ花壇があいていたので先月子どもと一緒に種イモを植えました、芽をだすかなと心配してましたが、出てきた芽に親子で大喜びです。梅雨前には収穫できるようなので楽しみにしています!

せっかくなので、ハーブ料理かハーブ茶でも勉強してやってみようかなと思う今日この頃です。 

 

4月8日はお釈迦様の誕生日です。

よく、「花まつり」ってなんですか?と聞かれます。「お釈迦様の誕生日ですよ」と答えますと「へ~、そうだったんですか~」と・・・。

仏教の創始者の誕生日なのに、これだけ仏教が広まっている日本で、イエス・キリストの誕生日をお祝いするクリスマスに比べて残念ながら、あまり認識されていません・・・。

やはり、あの、ケーキ・プレゼント・イルミネーションという三種の神器的な華やかさが足りないのでしょうか・・・。さらに冬という抒情的に何かロマンティックさを燻ぶる季節柄もよいのでしょうか・・・?

負けずにしっかりと「花まつり」「お釈迦さまの誕生日」発信していきたいと思います!

当山でも本年、4月8日「花まつり、月例鬼子母神祭」が執り行われました。お釈迦様がお生まれになった時に、七歩歩かれて右手を天に、左手を大地に指して「天上天下唯我独尊」と仰られたことは有名なお話ですが、その時に竜王がお釈迦様の誕生を喜び、甘露を注いで沐浴させたという伝説にちなんで、「花まつり」ではお釈迦様の誕生されたお姿を仏像にし、お詣りしていだたいて甘茶をかけてお祝いを致します。

もちろん、甘茶はかけていただくだけでなく、お飲みになっても結構ですし、お参りされた方々、お持ち帰りいただけます。甘茶には抗アレルギー作用があったり、外にまくと虫よけににもなります。

一年に一回の行事です。どなたでもご参加できます。どうぞ、一緒に「はなまつり」お釈迦様の誕生日を盛り上げてまいりましょう!

「花まつり」の行事は仏教全体の行事でして、荒尾市には様々な宗派のお坊さん達が集まって「荒尾市仏教会」という会があります。今年も「荒尾シティモール」で仏教会の青年部で「花まつり」の行事を行いました。

オカリナのコンサートや、甘茶かけや甘茶や花の種や風船の無料配布、輪投げ、ペンシルバルーン、綿菓子の無料配布があり、たくさんの方々に「花まつり」に参加いただきました。

 

三月荒神

| ちょっとしたお話 |

皆様は「三月荒神さん」という神様をご存知ですか?三ヶ月ことに向く方角を変える神様でその引越しや移転などの際にこの三月荒神に向かって移動するとよくないことが起こると考えられています。実はこの三月荒神、全国で信仰されているわけではなく、実はかなりのローカルな神様で大牟田市、荒尾市や玉名、熊本市や熊本県の北の地方で特に信仰されているようです。

少し調べてみますと、同じように方位の神様としては金神さまが知られています、金神はその年の十干によって居る場所を変えて、金神のいる方位に対してはあらゆることが凶とされ、特に土を動かしたり造作・修理・移転・旅行などが禁忌とされています。この方位を犯すと家族7人に死が及び、家族が7人いない時は隣の家の者まで殺されると言われて恐れられているようです。

言い伝えによりますと、加藤清正公が朝鮮の役の時に籠城されて苦戦された時に、ある夜清正公は脱出の隠れ道を告げる荒神の夢を見、清正公は夢のお告げに従ってひそかに囲みを脱出して九死に一生を得ました。それから清正公は荒神の熱心な信者になり熊本城を築いた時にお城の守り神として三宝荒神をおまつりしていたそうです。その三宝荒神と金神信仰が合わさって生まれたのが三月荒神ではないかという言い伝えがありますが確かなことはわからないようです。

昔から地元の人たちは三月荒神を犯してしまう時には「方違え」と言って一度三月荒神を犯さない方角へ出かけ、行く方角を変えてから目的地へ行ったり、三月荒神のお母さんを祀った神社があり、三月荒神を犯してしまう時はお母さんに許しを得に行くとよいという言い伝えもあるようです。

何にしろ、昔から深く地域に根差した信仰ですので、大切にされた方が良いでしょう。お寺にも「引っ越しをしますので、三月荒神さんを鎮めるお祓いをお願いします」や「移転する方角が大丈夫か見てください」などのお問い合わせがよくあります。

三月荒神の方角を侵してしまう時は、方位除けの家祓いをいたします。引っ越し先の家に伺い、三月荒神を鎮める祈祷をし方位除けの御札を貼ります。御心配の方はいつでも、お気軽にお問い合わせください。

雪の結晶

| ちょっとしたお話 |

2月に入り寒波が日本中を襲い、昨年に続いてこの南の国、九州熊本でも雪が降り、珍しく雪がつもりました。大人でしたら、「寒いから外にでるのはやめよう・・・」となりますが、子どもは「雪で遊ぶ、雪だるまつくる!!」と元気いっぱいです。何十年かぶりに童心にかえって子どもと雪だるまをつくりました。少々不格好ですが、赤いバケツを頭にのせて、なんとかかたちになりました。

さて、しんしんと降ってくる雪空を見上げますと、雪は一様に私達に降り注いでいるように見えます。しかし、その雪の中の雪の結晶というものは一つ一つが違った形をしているということをご存知ですか?雪の結晶の研究者である中谷宇吉郎さんは「雪は天から送られた手紙である。そしてその文句は結晶の形、及び模様という暗号でかかれている」という言葉を残されています。

私達人間もひとくくりにすれば「霊長類ヒト化ヒト」であり、人間です。しかし、誰一人同じということはなく一人ひとりがそれぞれの個性を持ち生きています。

人は生まれ、そして死にゆく、一見はかなく、むなしく見えますが、仏教では肉体の滅びがすべての終焉であるとは考えられてはおりません。私達の命は仏様の世界から、父と母との因縁によってこの世界に現れ出て、まるで雪の結晶のように一人一人が違った特別な何らかの役割を与えられて、仏の子としてこの娑婆世界へ使わされていずれは仏様の世界へと帰っていくのです。

雪の中にある結晶の形、及び模様は暗号である。ならば私達が生まれながらに持つ個性や特性は、そのままで、ありのままで自分に自信を持って、与えられた命を一生懸命に生きなさい、そしてその役目を果たし終えたのなら、お疲れ様、よく頑張ったね、自信をもって私の元へと戻っておいでね。という仏さまからのメッセージではないでしょうか?

昨日は「除災・招福 節分会星祭会」へのご参拝誠にご苦労さまでした。雪が吹雪く大変寒い中にたくさんのご参拝をいただきました。

さて、本来「節分」とは、各季節の始まりの日(立春、立夏、立秋、立冬)の前の日という意味があります。今日では、一般に二月三日立春の前日を「節分」としてさすようになっていますが古来より日本では一年を二十四節記で分けた始まりの日が「立春」であり、節分は一年の締めくくりの日と考えられていました。そして、このしめくくりとして来る年に邪気(鬼)を追い払うために「豆まき」の行事が行われてきました。風水や四柱推命などの占も節分を一年の最後として、立春を持って次の年の運勢と考えられているのが多いようです。

節分豆まき

節分とは「節」を「分」けると書きます。日本の年中行事の中で、「節句」などで見られるように、この「節」という言葉が大変重要になっています。「節」とは「一年を時候の変わり目で区切った区分、季節や生活の区切りとなる祝日」という意味があります。私たちの生活にとって、それまでとは違って新しく区切りをつけることは大変重要なことです。

例えば、植物、竹を見てみますと竹は一定期間成長すると、節ができ、そしてまた成長して節ができる。節と節間を積み上げながら上へ上へと大きく成長していきます。節が全体の調和をとっているからこそ、高く伸びても倒れないのでしょう。

考えてみますとこれは人間と同じです。人も生まれて年をとるにつれて様々な節目を迎えます。節目があるからこそ人生は単調なものではなく、人生にめりはりがついて、その人なりの味わい深いものになったり、また新しい気分で始めることができるのであり、そうすることで人生の調和がとれているのです。そうやって昔から日本人は季節の変わり目を自分自身の日常生活の中にうまく取り入れてきました。

良き星回りの方もそうではなかったという方も、お授けいたしました、星祭守(おまもり)を持ち、新しい節目として新たな気分で一年を始めてまいりましょう。

1月8日に当山で正月大祈祷会・水行会が執り行われました。

天候にも恵まれまして、水行式とともに皆様の御祈願が成就されますように、来られた方に日蓮宗修法師7名での加持祈祷を受けていただきました。皆様の願いが成就しますように、毎日祈りをささげてまいります。

 

平成24年度の厄年(厄払いを受ける年)

男性(数え年)

                              女性(数え年)

大厄入

大厄当

大厄入

大厄当

25歳

41歳

42歳

61歳

19歳

32歳

33歳

37歳

昭和

63年生

昭和

47年生

昭和

46年生

昭和

27年生

平成

6年生

昭和

56年生

昭和

55年生

昭和

51年生

 

平成24年度長寿の祝い(人生の節目に開運成就の御祈祷を!)

還暦60歳

古希70歳

喜寿77歳

米寿88歳

白寿99歳

昭和28年生

昭和18年生

昭和11年生

大正14年生

大正3年生

 

御祈祷はいつでも受けれますので、お気軽にお寺までお電話ください。