先日、彼岸の中日、秋季彼岸施餓鬼法要が執り行われました。

天気予報では雨で心配しておりましたが、天候にも恵まれて沢山のご参拝、誠に御苦労さまでございました。

この度の法要は休日ということもあってでしょうか、お子様方を連れてのご参拝が多く元気な声がお寺に響き渡り、一生懸命手を合わせてお参りする姿を見ますと、嬉しい限りでした。信仰心や、亡くなった方を敬う心を伝える場であるお寺に子どもを連れてくるというのは、ご自身がお参りをされている姿をみせるだけでも、自分のご先祖との命の繋がりがわかりづらくなっている現代社会で子ども達にとって良い心の教育になります。「伝える」ということは人間にとって何より尊い大切な事です。是非、お子様もお連れになってご参拝くださいね。

さてこの度の施餓鬼法要では、先月31日より福岡県 「日蓮聖人銅像護持教会様」にて布教院といいます、お説法の修行道場が15日間開催され、本年度二回生として受講して参りました私副住職が 高座説教を致しました。

今月は28日19:00~ 荒尾仏教塾 も開催されます。この度は第六回目 テーマは「法華七喩について」です。19:00~唱題行 19:30~抹茶をお出ししながら毎回テーマに沿ってお話しております。是非ご自由にご参加ください。

来月、10月8日は 「月例鬼子母神祭」 です。

皆様方の御祈願を受付致します。ご参拝お待ちしております。

今回の荒尾仏教塾は「お葬式について」がテーマでした。

昨今、様々な所で取り上げられ、様々な思想でもってその意義が問われ始めた

                                                「お葬式」

今回荒尾市にあります(株)落合葬儀社 落合克哉 専務 に来ていただき、世界のお葬式事情(韓国やアメリカ)について、都会での火葬場不足の実態(これからの船上火葬への移り変わり)、お葬式の歴史、日本での葬儀がどのように移り変わってきたのか。安易な値段での「直葬」といい、儀式も何もせずに送るというお葬式の形が増え始めていることに対しての葬儀社としての憂慮。お葬式のかたちが変化するにつれて、安易に伝統や儀式をおざなりにして、故人への敬意、感謝、地域社会や人とのつながりがなくなり始めている葬儀の実態。など、私たち宗教者の目線とも違う貴重なお話を聞かせていただきました。また、質疑応答でも、来られた方々に大変わかりやすく、丁寧に答えていただきました。ありがとうございました。

私の個人的な意見になりますが、サービス業といいうのは、確かに人が便利に思うこと、それで人に喜んでもらうことを追求する職種です。私も以前は企業が経営する保育園に保育士として働いていました。よそがやっていないサービスを、もっと親に喜んでもらってこちらが必要とされるサービスをと、実際、「これは親がきちんとやらなければいけない所なんじゃないだろうか?」という所まで踏み込んでいた事もあります。葬儀社にしても、他のサービス業でもそうですが、一線を越えてはいけないところがあると思うのです。ニーズがそこにあるから・・・。で踏み込んだら、社会にどのような影響を与えるのか、お金儲けだけではなく、そこをしっかりと考えなくてはいけないと思うのです。一方サービスを受ける方も例え忙しくても誰かにまかすのではなくきちんと自分自身でやらなくてはいけないことや時代が変化してもなくしてはいけないものが沢山あります。そこを見落としてしまうと、いずれは、個人主義の行きすぎた自分勝手な社会になってしまうでしょう。

 

来月は「法華七喩のつづき」です。9月28日 19:00~です。 どうぞお気軽にご参加ください。

 

8月16日当山で お盆施餓鬼供養 が執り行われました。

 猛暑の中でのご参拝まことに御苦労さまでございました。

 

 

  

8月15日の夜、当山の墓地にて竹灯籠を灯し、お盆の送り火としました。

また、来年皆様の元へと故人やご先祖様が帰ってこられます。笑顔で来年また、お迎えできるよう、元気に過ごしてまいりましょう。

お盆が近づき、お墓参りをされる方も増えてきました。お墓参りの仕方と言っても、故人やご先祖様を悼み、供養するやり方は千差万別あってよろしいと思います。基本的なお墓参りの仕方を載せてみました

1.まずはご先祖様に感謝しお墓に手を合わせましょう。

 2.周りをほうきできれいに掃き、ゴミを拾います。そして汚れたり、コケの生えている墓石は、水をかけながらたわしで洗ってきれいにします。線香台、水鉢、花立も丁寧に洗いましょう。

3.  墓石に打ち水をし、花立に花を添えて、水鉢に新しい水を注ぎます。そして故人の好物だった菓子・果物などをお供えし、ろうそくとお線香を手向けましょう。(*供物はお参りが終わったらお持ち帰り下さい)
※半紙や懐紙をお皿代わりにお供えを置くとよいでしょう。

4.合掌礼拝の前に水桶からひしゃくで水をすくって、墓石にかけます。この時に墓石の下のほうに気持ち程度に水をかける方がいますが、たっぷり墓石の上から水をかけて下さい。
※仏教の教えでは、死後の世界の1つに「餓鬼道」があり、福徳を失った生類が落とされる世界とされています。なかなか水が飲めない餓鬼が、唯一お墓にかけたお水だけが飲めるのです。その餓鬼をあわれんで、お水を与えようというところから墓石に水をかける習慣が始まりました。

5.皆さんで手を合せ「南無妙法蓮華経」とお題目を唱えましょう。

6.最後に本堂の御本尊へお参りをし、仏様にお墓参りの報告をしましょう。

*お墓参りは近況報告や日頃の感謝の気持ちを伝え、心を込めてお祈りしましょう。

*法要が営まれている時はすすんで参加しましょう。霊園がお寺にある場合はせっかくですので是非お寺の法要にご参加されてください。お気軽にどなたでもご参加できるものです。法話をお聴きになったりしてこの機会に仏教に触れてみましょう!!

本日、8月8日 月例鬼子母神祭 が執り行われました。

ご参拝御苦労さまでございました。

さて、今年もいよいよお盆の季節に入ります。当山の霊園でも徐々にお墓参りをする方が増えていらっしゃいました。地域によって違いはありますが13日から16日のお盆の明けの間、お亡くなりになられて、49日あけて浄土の世界へ行かれた方々がこちらの世界に帰ってこられます。

当山では 8月16日 11:00~ 「お盆施餓鬼供養」

 を執り行い、皆様のご先祖や亡くなられた大切な方々に感謝をこめて供養をささげます。

どうぞ、ご家族そろってお参りくださいませ。

長い梅雨が明けると急に暑さが厳しくなり、今年はいつもより熱中症で倒れる方が大変多くいらっしゃるそうです。

皆様お元気に過ごされているでしょうか?さて、この暑い季節になると、暑さが煩わしく感じられますが、もう一つ夏特有の煩わしいものがあります。夜中に寝ているとどこからともなく耳元で「ブーン・・・」と出てきて安眠を邪魔され、「捕まえた」と思ったら逃げられ・・・。また、忘れたころに「ブーン・・・」と出てきて「あぁ、もう!」こんな感じで寝不足になられた経験がある方もいらっしゃるのではないでしょうか?

夏にはつきものの生き物「蚊」です。刺されると痒くなりますし、寝ていると耳触り、なんだか嫌われものの存在に思われる「蚊」ですが、子どもの歌にこんな歌があるのをご存じですか?

 「ちびっかぶーん」

ちびっかぶーんはちっちゃな蚊
下水のお水がふるさとで

ちびっかぶーんのきょうだいは
三千三百三十人

 ちびっかぶーんはやさしい蚊
人を刺すのがイヤだった
ちびっかブーンははらぺこで
いつまでたってもチビだった

 ちびっかぶーんに花達が
朝露お飲みと言ったけど
ちびっかぶーんを蝶々が
あっちへおゆきと追い出した

 ちびっかぶーんは秋の朝
寒さに凍えて死んでいた
ちびっかぶーんを神様は
ちっちゃなちっちゃな星にした

ちっちゃなちっちゃな星にした

この歌詞を見ると、なんだか今迄「蚊」に持っていた、いやーな印象も変わってしまいそうですね・・・。

保育士をしてた頃に、この歌を劇にして子ども達と一緒に演じたところ子ども達もこの歌が「すーっ」と心の中に響いてきたようで「ちびっかぶーんは優しいね~。ちびっかぶーんみたいな優しい蚊もいるのかな~でもちょっと可愛そうだね。」なんて子ども達の中で会話されていました。

人を傷つけるのが嫌だから、自分が傷ついてしまう。現代の社会においてこの「ちびっかぶーん」のように優しい人ほど社会から他人から傷つけられているのが現状かもしれません。心の病を患った方を看護する施設で働く職員の方がこのようなことを仰っていたのを覚えています。「この施設に入所していらっしゃる方は、皆さんとても心が優しい方なんです。優しい方ほど人の痛みに敏感で正直なんです、だからこそ人を信じ、傷いて、この社会でうまく調和がとれずに自分をどんどん追い詰めて傷ついていってしまうんです・・・」

人を心から信じるというのは何よりも難しいことです。「いつか自分も裏切られて傷ついてしまうことがあるかもしれない」という、不信感が必ず誰しもあるからです、心から人を大切にする優しい心があっても人を信じるということは難しいかもしれません。

何があっても人を心の底から信じた生き方の見本として、法華経の中に常不軽菩薩という方のお話が出てきます、常不軽菩薩は人間の中にこそ仏を見出だし、人間が持つ善の心を礼拝され、出会う人出会う人に礼拝する行を続けられました。人々は見も知らぬ者に拝まれる筋合いはない、とばかりに腹を立て、中には杖木で打とうとしたり、石を投げる人もいました。しかし、その人に対しても掌を合わせ、礼拝し、大きな声で「私はあなた方を尊敬します、決して軽蔑するようなことはしません。なぜなら、あなたがたはいずれ仏になるのですから」と呼びかけ続けました。この礼拝行を続け、自分の死期が近づいた時に如来の導きによって六根(目・耳・鼻・舌・身・意)が清らかになりやがてこのうえない悟りを得てついに仏となったのです。

このように、心の底から人を信じ、人の中に住む仏さまを信じることができた時、自分の中の仏さまも目をさまし、仏の道へと一歩近づいているのではないでしょうか?

7月28日 第4回荒尾仏教塾が行われました。

テーマは

「妙法蓮華経譬喩品第三」と「妙法蓮華経信解品第四」

これらのお経の中で説かれております、「三車火宅の教え」と「長者窮子の教え」のお話しでした。

煩悩という炎につつまれて燃え盛る世界に、その火事に気付くことなく暮らしている私たち。その私たちをお釈迦様は我が子として救ってくださり、正しい道に導いてくださっている。その教えが法華経であること。また、お釈迦様は父親のように常に私たちの成長を傍にいて見守ってくださっており、日々自分自身が成長できるように様々な働きかけをしてくださっているということを、この二つの教えを法華経の漫画を見ながら、解説致しました。

さて、今月8月28日の荒尾仏教塾ですが、

今回のテーマは「お葬式について」

昨今「お葬式」というテーマについてはメディアで盛んに取り上げられ、様々な所で様々な思想をもって「お葬式」というテーマが問いだたされています。宗教学者の方の「葬式はいらない」という本が出る一方、大手の冠婚葬祭互助会の代表取締役社長の方が「葬式は必要」という本を出版されたりと、その考えは様々です。私たち僧侶は宗教者としてお葬式について供養についてなどは常にお話しますが、今回は違った目線で、この度はやはり、プロの方に来てお話いただこうと、荒尾市にあります 『(株)落合葬儀社』 様に来ていただき「お葬式について」講演いただき、その後皆様からお気軽に様々な御質問をしていただければと思います。

第5回荒尾仏教塾 8月28日 

19:00~ 唱題行

19:30~ 「お葬式について」  (株)落合葬儀社 様

20:30~ 質疑応答 茶話会

場所は当山にて、参加費は無料です。興味がおありの方は是非おいでください

法華経『如来寿量品第十六』の中に「常に悲観を懐いて心遂に醒悟し」という言葉が出てきます。「どうしようもなく深い悲しみに打ちのめされ、どうしようもない切羽に立たされてはじめて、人はその悲しみの底から迷いの眼がひらかれてくる」というお釈迦様の言葉です。

私達は日々生きていくうえで、なんで私がこんな目に・・・、なんで私の愛する人が何でこんな悲しいこと出来事に・・・ということは、必ず誰にでも起こります。

愛する人の急な死であったり、病気だったり、事故だったり、男女の別れであったり、自問自答して悲しんで悲しんで、自分を責めたり、原因を探して誰かにあたったり、「あの時にああすればよかった、こうすればよかった・・・」悔やんでみたり、その悲しみは様々です。

そんな時、お釈迦さまは「その悲しみは無駄ではないよ、悲しみの中からこそ得るものもある。そこから悟れることもある、悲しんで悲しんで、その悲しみの底からこそ、世界が開かれてくるのだよ」と、このように私たちに教えてくださっています。

私たち人間は何かを失ってしか気付けないことがたくさんありますね。病気になって初めて普段の健康のありがたさがわかったり、誰かを亡くして、失って、初めてその大切さに気がついたり。その人が自分に遺してくれたものに気がついたり、悲しみによって気づいたことはその後の自分の人生にとってのなによりの道標になります。

だからこそ、私たちは悲しみとその悲しみから得たものを大切にしていかねばならないのです。悲しみを否定するのではなく向き合ってこそ、それは得られるものでしょう。

そこで得たものはきっと、仏さまが私たちに与えてくださった、この先何かまた自分の中に悲しみが起こった時にまた立ち上がれる手立てであり、同じような悲しみで苦しんでいる誰かを救うことのできる手立てであると思うのです。

悲しい出来事というのはいつまでも続くことはありません。「法華経を信じる人は冬の如し、冬は必ず春となる。未だ昔より聞かず見ず、冬の秋へと返れることを、未だ聞かず、法華経を信じる人の凡夫となることを」日蓮聖人もこのように仰っています。

深い悲しみが起こった時、必ず仏様がいつもそばにいてくださっている。見てくださっている。そしてこの悲しみから何かを得て、そして生きていく。そう思い、信仰を胸に、今を生きていきましょう。

誰にだって必ず朝は訪れ、春は訪れ、その悲しみが和らぐ時が来ますから・・・

6月28日 第三回荒尾仏教塾が執り行われました。

19:00~より唱題行という瞑想とお題目を一心にお唱えする修行からはじまりました、写真は唱題行の様子です。

 

今回の「荒尾仏教塾」のテーマは「お経について」

普段私たちが読んでいる法華経にはどんな歴史があるのか?

そして普段一番私たちが読んでいる「方便品第二」と「如来寿量品第十六」のお自我偈の部分には一体何が説かれているのだろうか?

を解説しながらお話しました。なかなか説明が難しいところもありましたけれども皆さん真剣な面持ちで聞法の修行をなされました。大変御苦労さまでした。

次回は今回お話できなかった「法華七喩」と呼ばれる法華経の中に出てくる七つの喩え話をまじえながら、お経のお話第二弾を執り行いたいと思います。

来月は7月28日 19:00~ です。ご参加はご自由です。どうぞお気軽においでください。

6月8日 11:00~ 月例鬼子母神祭 が執り行われました。

今月はシンガポール在住でおじいちゃんおばあちゃんの家に2ヶ月間、向こうの学校が休みで遊びに来ていた小学校5年生のすずのちゃんと小学校3年生のみわちゃんがおときの準備や配膳などたくさんお手伝いをしてくれました。happy01

お手伝いたくさんしてくれてありがとうhappy01!!

日本にいる間はこちらの小学校にしばらく通学するそうです。いい思い出と友達をたくさん作ってくださいねshine

 

さて、今月28日19:00~ 「第三回 荒尾仏教塾」を開催します。今月のテーマは「お経について」です。いつもお坊さんが読んでいるお経は一体何が書いてあるのだろう・・・?そう疑問を持たれる方も多くいらっしゃると思います。私たちが普段読んでいるお経を少しずつ解説していきたいと思います。参加は無料、ご自由です。30分の唱題行の後、座談会方式で講義を進めます。お気軽にどうぞ!