» 2012 » 7月

長く続いた雨も明け、毎日毎日暑い日々が続きますね。くれぐれも熱中症にはお気をつけください。

さて、当山妙國寺の近くには近隣観光案内で出していますが、「万田抗」という荒尾市の観光スポットがあります。

明治から昭和の時代、石炭産業によってこの国が支えられていた頃、この地域は大変賑やかで一世を風靡していました。

万田抗はその炭鉱鉱山の一つです。私が子どもの頃は立ち入り禁止の荒れ果てた廃墟だったのですが、最近整備されて歴史を後世に伝える観光名所として生まれ変わりました。

万田抗についてインターネットで見ているとちょっとおもしろいことが分かりました。「御船千鶴子」って方御存知ですか?明治時代、千里眼を持つ超能力者として登場した方なんですが、

御船千鶴子は明治19年(1886年)7月17日、松合の村で漢方医院を開く父・秀益の次女として生まれ、幼いころから勘は鋭いものの、口数の少ないおとなしい女の子だったそうです。17歳のとき、催眠術をかけられたことをきっかけに透視能力を発揮しはじめ、ある婦人が海水浴中に指輪を海中に落とした指輪を透視して、探し当てたそうです。

この話を聞いた三井財閥本社が千鶴子を大牟田に連れていき、当時わずかしか出てなかった石炭を透視させたところ「もう少し南に真っ黒い固まりが見える、何だかわからない」と掘ってみると炭坑の鉱脈にあたり、これが万田抗の起こりだそうです。

評判になった彼女は大学の教授らの元数々の透視実験が行われて、新聞に取り上げられ「透視能力を持つ千里眼の持ち主だ」と全国的に有名になったそうです。

しかし、透視術に対する中傷、家庭内の不和などにより、明治44年(1911年)1月18日、千鶴子は25歳の若さで自らの命を絶ってしまったという壮絶な人生を歩まれた方です。 

日本の超能力者を語る上では欠かせない方のようです。ちょっと前ではトリックというテレビドラマで紹介され、最近ではspecというテレビドラマにちょっと登場していましたが・・・。

閑話休題・・・・

万田坑の敷地に入ると、当時炭鉱マンだった方々が、当時の様子を振り返りながら丁寧に説明してくださいます。お話を聞きながら見学していくと、当時を知らない私たちも坑内の機械や風景にどんどん魅せられていきます。どうぞ、お近くにお寄りの際はお寄りください。

 

シルヴァスタイン作の「ぼくを探しに」という絵本をご存知ですか?色々悩んでいた青年期、大学生の頃友人に紹介してもらって、大変感銘を受けた絵本です。

 

絵本の表紙に出てくる「少し欠けたまる」が欠けたかけらを探しにいくお話です。

 

何かが足りない それでぼくは楽しくない

足りないかけらを 探しに行く

 

ころがりながら 歌いながら カンカン照りの日も雨の日も雪の日も・・・

からだが欠けている分、あまり速くはころがれません、ミミズや花や昆虫と触れ合ったりしながら愉快に野を越え海を越えて旅を続けます。

 

ある日のこと、かけらを見つけます。しかし、そのかけらは小さかったり、大きかったり、とがっていたり、ぴったりだと思っても、いつの間にか落としてしまったり壊れてしまったり・・・・穴に落ちたり、壁にぶつかったり、ムチャをしたりしながら、ようやく自分にぴったりのかけらに出会います。

 

はまったぞ ぴったりだ! やった! ばんざい!

ぼくはころがる もう すっかりまるくなったから

前よりも ずっと速くころがる こんなことは はじめてだ

 

しかし、あまりにも調子よく転がっていくので、以前のように花や昆虫たちと触れ合ったり、歌を歌う事もできなくなってしまいました。

 

なるほど つまりはそういうわけだったのか

 

そう言って転がるのをやめ、かけらをおろして一人またゆっくりところがっていきます。

 

ぼくはかけらを探してる 足りないかけらを探してる

ラッタッタ さぁ 行くぞ 足りないかけらを探しにね 

 

読んだ人がそれぞれの状況で色んな捉え方ができるこの絵本なのですが、私は、当時、この絵本を「どこかにあるはずのもっと素晴らしい自分や他人とは違った個性」を追い求めて理想と現実のギャップに苦しんでいた自分自身に重なりました。

 

法華経の教えの中に「諸法実相」という言葉が出てきます。「諸法」とはあらゆる存在、「実相」とは真実のことです、あらゆる存在は、そこに存在しているそのままの姿で真実のすがたをあらわしたものである。言いかえれば、あらゆる存在はそのままで、最高の価値を持つということです。

 

自分らしさや個性ばかりが重要視され、ただただ人と違う言動や行動を行った人ばかりがもてはやされて、「自分らしさ」や「まだ見ぬ自分の可能性」を追い求めて苦しみが深くなってしまうのが社会の現状のように思えます。

 

人は人、自分は自分、そうは言っても試行錯誤しながら、かけらを探しながら人生は続いていくものです。

 

どうせなら、踊らされず、素晴らしいそのままの自分に自信を持ちながら歩んでいこうではありませんか?