» 2012 » 2月

雪の結晶

| ちょっとしたお話 |

2月に入り寒波が日本中を襲い、昨年に続いてこの南の国、九州熊本でも雪が降り、珍しく雪がつもりました。大人でしたら、「寒いから外にでるのはやめよう・・・」となりますが、子どもは「雪で遊ぶ、雪だるまつくる!!」と元気いっぱいです。何十年かぶりに童心にかえって子どもと雪だるまをつくりました。少々不格好ですが、赤いバケツを頭にのせて、なんとかかたちになりました。

さて、しんしんと降ってくる雪空を見上げますと、雪は一様に私達に降り注いでいるように見えます。しかし、その雪の中の雪の結晶というものは一つ一つが違った形をしているということをご存知ですか?雪の結晶の研究者である中谷宇吉郎さんは「雪は天から送られた手紙である。そしてその文句は結晶の形、及び模様という暗号でかかれている」という言葉を残されています。

私達人間もひとくくりにすれば「霊長類ヒト化ヒト」であり、人間です。しかし、誰一人同じということはなく一人ひとりがそれぞれの個性を持ち生きています。

人は生まれ、そして死にゆく、一見はかなく、むなしく見えますが、仏教では肉体の滅びがすべての終焉であるとは考えられてはおりません。私達の命は仏様の世界から、父と母との因縁によってこの世界に現れ出て、まるで雪の結晶のように一人一人が違った特別な何らかの役割を与えられて、仏の子としてこの娑婆世界へ使わされていずれは仏様の世界へと帰っていくのです。

雪の中にある結晶の形、及び模様は暗号である。ならば私達が生まれながらに持つ個性や特性は、そのままで、ありのままで自分に自信を持って、与えられた命を一生懸命に生きなさい、そしてその役目を果たし終えたのなら、お疲れ様、よく頑張ったね、自信をもって私の元へと戻っておいでね。という仏さまからのメッセージではないでしょうか?

昨日は「除災・招福 節分会星祭会」へのご参拝誠にご苦労さまでした。雪が吹雪く大変寒い中にたくさんのご参拝をいただきました。

さて、本来「節分」とは、各季節の始まりの日(立春、立夏、立秋、立冬)の前の日という意味があります。今日では、一般に二月三日立春の前日を「節分」としてさすようになっていますが古来より日本では一年を二十四節記で分けた始まりの日が「立春」であり、節分は一年の締めくくりの日と考えられていました。そして、このしめくくりとして来る年に邪気(鬼)を追い払うために「豆まき」の行事が行われてきました。風水や四柱推命などの占も節分を一年の最後として、立春を持って次の年の運勢と考えられているのが多いようです。

節分豆まき

節分とは「節」を「分」けると書きます。日本の年中行事の中で、「節句」などで見られるように、この「節」という言葉が大変重要になっています。「節」とは「一年を時候の変わり目で区切った区分、季節や生活の区切りとなる祝日」という意味があります。私たちの生活にとって、それまでとは違って新しく区切りをつけることは大変重要なことです。

例えば、植物、竹を見てみますと竹は一定期間成長すると、節ができ、そしてまた成長して節ができる。節と節間を積み上げながら上へ上へと大きく成長していきます。節が全体の調和をとっているからこそ、高く伸びても倒れないのでしょう。

考えてみますとこれは人間と同じです。人も生まれて年をとるにつれて様々な節目を迎えます。節目があるからこそ人生は単調なものではなく、人生にめりはりがついて、その人なりの味わい深いものになったり、また新しい気分で始めることができるのであり、そうすることで人生の調和がとれているのです。そうやって昔から日本人は季節の変わり目を自分自身の日常生活の中にうまく取り入れてきました。

良き星回りの方もそうではなかったという方も、お授けいたしました、星祭守(おまもり)を持ち、新しい節目として新たな気分で一年を始めてまいりましょう。