蝉の声

| ちょっとしたお話 |

夏になりました、空も青々とし、遠くで聞こえてきたセミの声も徐々にその数を増しています

 しきりに大きな声をあげて夏の到来を告げる蝉ですが、

 その一生は、卵からふ化した後種類によって違うようですが、7年間ほど土の中で暮らし、ようやく明るい外の世界へ出て羽ばたきますが、その期間は短く1~2週間しか生きることができないそうです。

 どうしても、私たちは成虫になってからの1~2週間しか目につかないので蝉といえば寿命が短く可哀想に思ってしまいますが、地中の中の期間も入れると昆虫の中でもその寿命は相当長い方だとのこと。

 子どもの頃はセミの幼虫のあの独特のスタイルがものすごくカッコよく思えてしきりに抜け殻収集に精をだしていました。

そして、動いている 幼虫を見つけたときはかなり興奮したものです!虫かごに木の枝や葉をたくさん集めて、羽化する様子を観察していました!

 DSCF3144

「やがて死ぬ景色は見えず蝉の声」

                         元禄3年に詠まれた松尾芭蕉の俳句です。

 地上に現れてから、短い命であるセミであるが、この勢いのある声を聞いていると、とてもそんなはかなさは伝わってこない。それが無常というものであろう。

 蝉は自分自身がはかない命だと知っているからこそ精一杯なくのでしょうか?

それとも、そんなすぐに終わる命だとは思ってないからこそ精一杯なけるのでしょうか?

 いったいどっちなんでしょうね?

 生きているものには平等に訪れる命の終わり

自分自身の命に置き換えると考えてしまいますね。

 日蓮大聖人は、「妙法尼御前御返事」というお手紙の中で

「人の寿命は無常である、出る息は入る息を待つことはない。風の前の露すら、なお譬えにならぬほどはかない。賢き人も愚かな人も、老いた者も、若き者も、定めがたいのが世の習いである。だから、まず臨終のことを習ってから他のことを習うべきなのである」

 と仰っておられます。

 精一杯生きるためにも、一日一日を大切に生きるためにも、命を大切にするためにも、私たちはまず、「命は、はかないものである」このことから学ぶべきなのではないでしょうか?