» 2010 » 11月

先日11月28日 仏教塾では「マンダラ塗り絵」をしました。

曼荼羅」という言葉はインドのサンスクリット語で「本質をもったもの」という意味で悟りの境地、世界観を視覚的に表現したものです。

それぞれ自分にあうイメージの曼荼羅を選んでいただき、そこから湧き出てくるイメージを色を塗って表現していただきました。

「やっぱり示しあわさんでも夫婦は似た色合いになるとですね~(笑)」

完成した後は皆で見比べあいながら楽しく談笑しました。

昨年に続きまして本年も当山妙國寺にて12月31日 23:30 より 

「平成22年 竹灯篭 水行式」 を執り行います。

妙国寺の境内を竹灯篭でライトアップし、厳かな光の中で心身を清め、一年間の穢れを落とし、来る年の身体健全と所願成就を祈念する「水行式」を執り行います、「水行式」では昨年と同様私達僧侶と共に、「水行」の修行をしてくださる一般の方々の参加を募集しております。必要な準備物はこちらで用意致しますので「やってみよう!!」という心持ちだけで結構です。「我こそは」と思われる身体に自身のある方は是非とも当山までお問い合わせください!!当日は、団子汁 おとそ おつまみの供養もございます。どうぞ、お誘い合わせの上、ご参拝ください。 

信じること

| ちょっとしたお話 |

11月に入り、朝、晩と急に寒さが厳しくなってまいりました。

旧暦ではもう季節は冬であり、この時期になると霜が降りますもので「霜月」と呼ばれました。

今年は夏が大層暑く、寒暖の差が大変激しいものですから身体の調子を崩される方も大変多くいらっしゃいます。何事も身体が基本でございますで、どうぞよろしくご自愛いただきたいと思います。

私も毎日お経を読んだり、お話をさせていただいたり何かと声を使うもので、風邪をひいてしまうとすぐ喉に症状がでて、声が出にくくなるものですからなるべく体調管理をしっかりしなくてはいけないなと心がけています。

お話をするにあたっても、先生や諸先輩方からお話の基本であります、「かた」が大事と言われました。まず「かた」というものを勉強しなさい、そのかたに血が通う事によって「かたち」になるのだよと、お話の組み立て方や喋り方や振る舞い方から習います。1声 2節 3姿であると何度も何度も指導を受けました。

 今の時代・・・。ちょっと古臭くも感じられるかもしれませんが、昔から、結婚する時は「花嫁修業」と申しまして、お嫁に行く時はあちらの家に失礼のないように、何事も基礎が大切と親が我が子に躾だとか、礼儀作法などのような基本的なことを教え込みました。

江戸の小話にこんなお話しがございます。

 今まで自由奔放に育ってきた一人娘に急に縁談が持ち上がった。お嫁に参りますので、お母さんが娘に言いました。
「お前は言葉づかいが悪いから、気をつけるんだよ。言葉の前には『お』の字をつけて、丁寧に言うんだよ!」
「『お』の字をつけて言えばいいんだな。わかった!」
 それから無事に結婚式が終わり、娘はお嫁さんになりました。
 次の日、娘はお姑さんに言いました。
「お台所の、おすりこぎ棒が、お風に吹かれて、おころん、おころんと、おなっております」
 それを聞いたお姑さんが、娘に注意しました。
「丁寧なのはいいが、そんなに何にでも『お』をつけるもんじゃないよ」
 しばらくして娘が里帰りをした時、その時の話しをするとお母さんは言いました。
「それは、お姑さんの言う通り。あんまり『お』ばかりつけるのも、おかしいよ」
「『お』をつけると、おかしいんだな。わかった」
 娘が里から帰ると、お姑さんが聞きました。
「里では皆さんおかわりなかったですか?」
 娘はお母さんから、あまり『お』をつけるなと言われたのを思い出して答えました。
「はい、やじも、ふくろも、元気でございました」
 これには、お姑さんもあきれてしまいました。
 そしてこんな娘では困ると、とうとう里に帰されてしまったそうです。

 物事には基礎が大切。基礎というものはきちんと最初から身につけておかないとおかしなことになるもんです。実は、仏教も基礎というものが大切なんです。

 日蓮宗のお経、二十八章あります中で、一番重要とされている第十六章、如来寿量品第十六の冒頭の部分に、こんな言葉が出てきます。

「諸々の善男子、汝等当に如来の誠諦の言葉を信解すべし」

お釈迦さまが弟子達に「まず疑いの心を捨てて私真実の言葉を語るのを信じなさいよ」とこれが、三度に渡って繰り返されます。この寿量品では、お釈迦様が過去、現在、未来に渡って私達の傍にいてくださり、常に私たちを何とか救おうと働きかけてくださっている、永遠の存在であることがお釈迦様の口から明らかにされます。

言葉というものは完全なものではありません。想いを言葉で表現するには限界があり、不十分です。しかし、私たちは完全な以心伝心はできませんので、言葉がなくては表現できません。だからこそ、聞くこちら側の「信じる」というものが基本であり、この「信じる」が実は仏教で言いますところの一番大切な基礎になってくるのです。

日蓮大聖人もお手紙の中で、「信なくしてこの経を行ぜんは手なくして宝の山に入り、足なくして千里の道を企てんがごとし」と説かれています。「信」があるからこそ、宝の様な尊い教えを感じることができるんです。

 何事も基礎をおろそかにすると、大切なものをつかむことはできないんですね。

お会式

| ちょっとしたお話 |

旧暦十月十三日は日蓮大聖人の御命日です。毎年十~十一月には日蓮大聖人を偲び全国各地でお会式法要が執り行われます。日蓮大聖人の晩年は六年間にもわたる「はらのけ」と呼ばれる腹痛、下痢、痩せ病の闘病生活でした。病状は徐々に悪化をたどり、あわやというところまで何度も症状は進むのですが強靭な精神力でもって何度も乗り越えられ最後の最後まで前向きに生きられ、布教活動、弟子・檀信徒の教育に勤められたのです。

例え、現代でも、六年に渡る闘病、致命的な状態が続くというならば、体力も気力も衰え、下手をすると寝たきりの状態になりかねません。しかし、今よりもはるかに医療水準も栄養状態も現代とは比べようもならない七〇〇年も前に、御自身の病気と向きあわれ、その辛さや苦しみというものと向き合われ、大聖人の身を案じて贈り物が檀信徒から届くと必ず御返事を書かれ、周囲から受ける温情への感謝の気持ちを檀信徒の方々へいくつもお手紙の中で述べられています。

その中の一つ「波木殿御報」というお手紙を紹介します。

日蓮大聖人が身延の地から療養の為に常陸へと湯治へ出かけられ、旅路で症状は悪化し、今の池上本門寺がございます場所で病床に着かれたのです。最後に、病床の渕にて、筆を持つ事までできなくなられ、日興上人が代筆されたこのお手紙の中、当時身延の地を治める領主であり、日蓮大聖人にあつく帰依していた波木井実長にこのようなお手紙を出していらっしゃいます。このお手紙が日蓮大聖人が檀信徒に出された最後のお手紙になりました。

『謹んで申し上げます。身延を出発して以来、道中は何事もなく武蔵国池上に到着いたしました。道中の間、山あり河ありで、はなはだ困難な旅でしたが、貴殿の御子息たちに守護していただき、無事に池上まで着きましたこと、まことにありがたく悦ばしく思っています。この道は病気が平癒すれば、身延帰山の道になるとは思いますが、病気の身ですから、必ず帰山できるかどうかは定めなきことで、あるいはお会いできないかもしれません。しかしながら、日本国中があれほど持て余していたこの日蓮に、九ケ年もの間、御帰依くだされた御志はまことにありがたく、たとえどこで死にましても、墓は身延の沢に造っていただきたいと存じます。

また、貴殿からお世話いただいた栗鹿毛の馬は大変愛着を覚えますので、いつまでもそばにおきたいと思います。常陸の温泉まで連れていきたいのですが、人に盗られてしまうかもしれませんし、またつらい思いをさせてはかわいそうなので、常陸の温泉から帰るまで上総の斉藤兼綱殿のもとに預けておくことにしました。しかし、馴れない馬の世話方をつけたのでは不安ですので、私が帰るまでは貴殿が差し向けられた世話方をつけておきたいと思います』

大聖人はとかくに力強い、論戦好きであるというイメージがどうしても強いですが、このお手紙の中では、波木井実長より贈られて一緒に身延から旅してきた馬にまで温情をかけらおられ、様々な檀信徒へのお手紙を読みますと、御自身の最後と向き合いながらも、大聖人の全てを包み込むような優しさが伝わってまいります。

このお手紙を出された同月九月二十五日に参集した門下の人々に最後の談義として「立正安国論」を講じられ、翌月八日、自分亡き後の教団を託す六人を決められ、十二日、お釈迦さまが北の方角に向かって臨終を迎えられたのにならいご自身も北に向かって座され正面には大曼陀羅、かたわらには常に携えてこられたお釈迦様の像、弟子檀信徒が法華経を読誦し続ける中、十三日の午前十時頃に御入滅されたのです.

十一月八日は当山でも「宗祖日蓮大聖人お会式法要」が執り行われます。私たちが「南無妙法蓮華経」とお唱えすることによって故人、御先祖様を供養できるのも、お題目によって「なんとかお救いください」と祈願できるのも日蓮大聖人が度々のご法難にあわれながらも、御自身のお命をかけて法華経、お題目を弘められたからです。その御恩に感謝しながら各地でおこなわれます「宗祖日蓮大聖人お会式法要」にどうぞすすんでご参詣ください。