今年も、梅雨明けの暑さと共にお盆の期間がやってまいりました。こちら熊本県荒尾市では八月十三日~十六日までがお盆の期間ですが、熊本市内は関東と同じく七月十三日~十六日をお盆の期間とされています。何故このようにお盆の期間が違うのかといいますと、旧暦の頃は七月十三日から十六日までがお盆の期間だったのですが、新暦になり、新暦の七月でお盆をするか、旧暦にあわせてお盆をするか、一か月遅らせて八月にお盆をするかの三パターンに分かれたそうです。 

 

農業を営む方が多かった時代、新暦の七月にあわせると忙しくて都合がつかず、やはり一か月遅らせた八月にしようという地方が多かったようです。福岡や長崎、九州ほとんどが八月盆です。その中でなぜか熊本市が七月にお盆をします。これは、先輩のお上人に聴いたお話しなのですが、熊本市内が七月にお盆をするのは、昔は九州の中では熊本が国から大変重要視されており、出先機関も多かったこともあって、中央に合わせて七月にお盆をしていたのだろうと仰っていました。 

 

さて、お盆といいますと私には忘れられない思い出があります。小学生の低学年くらいの時です。 

 

  お盆の時期になると日も長くなり、夕方になると空には綺麗な夕焼けが生まれます 

その日はとても夕焼けが綺麗でした。赤や黄色やオレンジやらピンクがかったもの、西の空は色とりどりでとても美しく、「綺麗だなー」と最初は見とれていましたが、ふと、見入っているうちに夕焼けが良くない前兆を示しているかのような感覚に陥り、もの凄く不安な気持ちに襲われ、何故か世界がおわってしまうかのような感じに捉われてしまいました。そして怖くなって泣き出して急いで家に帰りましたが誰もいません。余計に恐ろしくなり、急いで近くに住んでいる母と十近く離れている母のお姉さん、伯母さんの家に泣きながら駆け込み「おばちゃん、おばちゃん!空が真っ赤!変な色してる!おかしいよ!」と当時ベッドで療養生活を送っていた伯母さんに助けを求めました。伯母さんは幼少の頃より祖父母を知らない僕にとって実の祖母のような存在の人で、何か困ったり、両親に怒られたりすると、助けてくれる僕の駆け込み寺でした。

 

すると伯母は優しく「あれはね、今お盆だから色んな家の亡くなったご先祖様達が帰ってきているんだよ、だからね、空が喜んであんなに綺麗な色しているんだよ、あの色はご先祖様達が帰ってきたという証拠なんだよ。だから怖いことなんて何もないよ。」と優しく諭してくれました。子ども心ながらその言葉に妙に納得し、安心した僕は泣くのをやめて、夕焼けに向かって一緒に手を合わせました。

 

残念ながら叔母はもうこの世にはいません。しかし、今でもあの夏の日のことは強く心の中に残っています。お盆の時期に綺麗な夕焼けを見る度に、その小学生だったあの日を、伯母の言葉と共に思い出し、「帰ってきたんだね!おかえりなさい」と心の中でつぶやきながら、あの温かい言葉と共に伯母の笑顔を思い出します。

 

さて、法華経の中で「善知識」という言葉が出てまいります。善き知識を与えてくれる人、善き友のように道を示し導いてくれる存在であるという意味です。出家し僧侶となった私にとって、幼き頃、何気ない日常の一コマにて、大切なことを教えてくれた叔母はまさしく善知識でした。

 

人は無くして初めてその価値に気がつく生き物です。側にある時はそれがどんなに価値のあるものでもありがたくは感じれとれないものです。無くして初めてそのありがたさに気がつくものです、これは人と人との関係もしかりです。

 

どんな人でも自分にとって善知識になりえるはずなのですが、生きている間にはその人の良さになかなか気がつくことができない。亡くして初めてその人と向かい合うことで、あの人はこんなことを自分に残していってくれたんだ、あんなことを教えてくれたんだなと、改めて気がつくことができます。

 

供養するというのは亡くなった人と向き合うことでもあるんです。そうしているうちにだんだん自分自身とも向き合えてきます。

 

お盆の期間、亡くなった方々が帰っていらっしゃいます。手を合わせて、故人をしのび、そして思い出話に花を咲かせながら、こんなことがあったね、あんなことがあったね楽しくおしゃべりされてください。

きっと、どこかで笑顔で聴いていらっしゃることでしょう。